縁とベランダは、汗のしみた布団を干すなど畏れおおいほど重い意味を持つ存在なのだが、しかしそれを素直に受け容れられない面々がいる。建築家である。幕末の開国とともにベランダが入り、明治の前半を通してベランダ付西洋館が各地に広まり根を下ろすが、高等教育を受けヨーロッパ留学を果たした日本人建築家はこれを心苦しく感じていた。鹿鳴館やニコライ堂を手がけた英人建築家の先生は大正期に死ぬまでベランダを付け続けるが。
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弟子たちは拒んだ。ロンドンにもパリにもベランダなんてありやしない。ありや植民地のやり方だ。以来、今日まで、理由は時々に変わるが一貫して建築家という人たちは、あんなもんやめろと言い張る。しかし、施主としてはこんな便利なものはないわけで、付けてほしいと願う。このプロの言い張りとアマの願いの桔抗によってベランダの発現度が変化する。言い張りが願いを言いくるめることに成功すると、ベランダは消え、もしかすると建築デザイン誌に登場できるかもしれない。逆の場合、日曜日に散歩の人から眺められるだけ。建築家がベランダを嫌うのは、ついでに言うと雨戸も嫌いで、それはデザインの見せどころの壁面の構成がガタガタになるからだ。中途パンパに張り付く雨戸は、壁面のさわやかな流れを損ねるし、バンと突き出すベランダは、見上げる人の視界をダムのように塞いでしまう。というような事情がありまして、現代の日本の住宅は、集合住宅も含め、ベランダ付とベランダなし、の二つに分かれて、陣取り合戦を繰り広げているわけだが、優劣は住宅地を一回りしてみれば明らかで、量的にはベランダ付が圧勝で、質的にはベランダなしに軍配が上がる。